2006年 03月 20日
同じ釜の飯を食うかつてのライバル
昨年まで、阿佐ヶ谷の駅を挟んで、北口に「東京三菱銀行」、南口に「UFJ銀行」があった。

その両行のかつての支店長は、どちらも有名な人だったらしい。

【“高齢化”三菱銀に40年入社の部長(ウチの辞令・ヨソの事例)】
1986(昭和61)年9月27日 朝日新聞 夕刊

 22日付で発令された三菱銀行の人事で、40年入社の部長が誕生した。東京・阿佐ケ谷支店長から新設の広報室長になる高垣嘉一さん(44)で、これまで一番若手の部長が36年組だったから、一気に4年の若返り。停滞しているといわれた同行の人事も、若手の登用ではもっとも進んでいる住友銀行並みになった。
 今度の人事は伊夫伎一雄頭取の活性化策の一環。部長ポストを31人から44人に増やし、37年組5人、38年組3人、39年組3人もそれぞれ部長になった。
 40年組からたった1人抜てきされた高垣さんは、調査や国際部門を幅広くこなしてきた点が買われたらしいが、「これまでの例だと別の支店にまわるか、本部の部長代理になるのが普通。まあ、同期の露払いということでしょうが、突然のことで……」。
【三和銀行のアメフト監督・鈴木基雄さん(ウチの辞令・ヨソの事例)】
1987(昭和62)年06月14日 朝日新聞 朝刊

 東京・後楽園球場で12日夜に行われた、アメリカンフットボールの東日本社会人選手権決勝戦。誕生13年の三和銀行は、強豪レナウンと対戦し、惜敗した。監督をしている鈴木基雄・阿佐ケ谷支店長(45)は「決勝戦でテレビに出よう、が合言葉だった」と笑う。
 鈴木支店長の入行は40年。慶応大時代には選手で、49年、同好者に呼びかけてチームをつくった。もっとも、やっと集めた11人のうち、経験者はわずか3人。入行内定者から経験者を見つけると、すぐ勧誘に走り、59年にようやく日本社会人リーグに加わった。
 メンバーの52人の練習は日曜日の午前中。「対戦相手を研究し、チームプレーをすることは、ビジネスの世界と同じ」と鈴木さん。
 三和銀行は応援団を急きょ編成し、試合には川勝堅二頭取も駆けつけた。レナウンの主取引銀行は住友銀行だが、鈴木さんは冗談交じりに「決勝戦を縁に、レナウンと付き合いができるかな」。

名前を頼りにgoogleで検索してみると、両(元)支店長とも"露払い"道を突き進み、いまや企業の監査役をされているとのことで、出世をされたようである。

どちらの記事でも両行の仮想敵は"住友銀行"になっており興味深い。

また、2005年9月期のレナウンのニュースリリースによると、レナウンの主取引銀行は、三井住友銀行と東京三菱銀行、であった。
鈴木支店長の目論見はかなわずUFJ銀行は、結局のところ"決勝戦を縁にお付き合い"できなかったようである。

b0050623_1635382.jpgところで、阿佐ヶ谷駅の南北にあった両行も、「三菱東京UFJ銀行」などという、ちゃんと息を吸っておかないと口に出せないような長い名前になってしまった。
英語で正式な名前を書くと「The Bank of Tokyo-Mitsubishi United Financial of Japan,Limited」になる。
この記事に出てくるお二方は、かつてのライバル行どうしの合併を、どのように見ているのだろうか。
朝日新聞には、ぜひ追跡の記事を書いて欲しいものだ。

この両行以外の都市銀行も、この記事以降の20年で、すべて合併等により改名してしまった。
レナウンも、名前は残っているものの昨年ダーバンと合併している。

この先20年で何が起こるのだろうか。
"慶応明治大学"とか、"朝日産経新聞"とかが出来ている可能性も、否定できないのかも知れない。
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by touch-go | 2006-03-20 16:36 | コラム


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