2006年 10月 21日
高倉健の美学を見習え
b0050623_034798.jpgたまにはシゴトのことでも書こうかと思う。

最近、ワタクシの会社に若手で入ってくる人に共通した特性がある。
話がダラダラ長い、という人が多いのである。

場をしらけさせないようにするためなのか、なんなのか、とにかくしゃべるのである。
内容が聞いていて楽しければ、しゃべるだけしゃべってもらえば良いのだが、たいしたことでも無いことを延々としゃべり続けるのである。
放っておくと、さっき聞いたような話をまた繰り返していたりする。

さきほども、若手(と言ってもたぶん同い年)の後輩に、「メモを取っていて腕が疲れる」と言うどーでもいい話を延々とされた。
こちらが生返事をしていたので、おそらく3分以上はだらだらと、オチのない話を続けていただろう。

明石家さんまのマシンガントークや、女性の世間話とは性質が違っていて、テンポも無ければ全く楽しくも無いのである。

まぁ、内輪に対してだけなら良いのだが、お客さんに対してもこの調子でしゃべるからたちが悪い。

お客さんへのプレゼンテーションの場でも、句点が無い文章をダラダラとしゃべる。
内輪である自分たちも、説明を聞いて、何が論点なのかさっぱり伝わってこない。

お客さんも、そうなると早く終わって欲しいので質問などをしなくなり、何の質問も出ないことから、しゃべっている本人は完璧なプレゼンテーションが出来たモノと勘違いしてしまう、という悪循環が起きている。

自分は、どちらかというと相手に話をさせることに重きを置くし、プレゼンテーションの場でも、なるべく"キレ"のある話し方を心がけている。
具体的には、文章にしたときに、100文字以内で一度句点を置くことを目安にしている。

と、そういうアドバイスをしても、その10倍以上のボリュームでだらだらと返事をくれてしまう。
「それが、しゃべりすぎなんだよ」と言っても、どうもピンと来ないようなのだ。

"考えながら話をしていない"と言うことで、これは例えて言えば"話しながら話している"状態であり、頭が悪いと言うことである。
長く話し続けることにバリューはない。
相手に理解を促すためには、時には沈黙も必要なのだ。

高倉健という役者は、今も昔もせりふが端的でわかりやすい。
世代が違うなどと言わず、ぜひ、見習って欲しいモノだ。

「自分、不器用ですから」という有名な発言は、実は芸達者な高倉健の無意識に計算された上での発言なのだろう、とか、そういう発想は出来ないんだろうなぁ...
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by touch-go | 2006-10-21 00:34 | コラム


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