2006年 11月 06日
必修漏れに思うこと
b0050623_18225016.jpg「必修漏れ」、が世の中の話題になっている。

必修漏れに該当する学校の生徒は、これからの大切な時期に補修をさせられてがかわいそう
ちゃんと必修として授業を受けた側の生徒の方が、受験に対してより多くの負担を強いられたためかわいそう
と、"かわいそう"とする対象について意見が分かれている。

"かわいそう"に対する自分の意見は、どちらかというと後者に近い。

自分の母校について考えてみると、必修漏れなどやらない学校だろうと想像できる。
指導要領が変わっていて、今と昔は比較できないのだろうが、高校生の頃を思い出すと、理科系を選んでも世界史・日本史・現代国語・古文等が3年生であっても必修であった。
この影響なのか、物理と化学の授業は同じ時間帯にあり、理系の生徒はどちらかを選ぶことになっていた。
つまり物理と化学は同時に学べない、と言う高校なのである。

この高校からは、物理と化学が受験科目である国公立大学に受験することは想定されていないのである。
当然、受験レベルの物理や化学を独学で習得するなど、困難である。

文系においても、選択の社会(現代社会、地理、日本史、世界史)の授業が同時に行なわれており、同様に国公立大学受験に際して制限が課せられていた。

たしかに、学力レベルの低い高校であったので、国公立大学など眼中になかったのかも知れないが、"必修"のために受験に挑戦する権利が無い人がいる、というのもおかしな話である。

低レベル校を中心に、必修科目をきっちり受講する代わりに、国公立大学受験に必要な科目をひととおり履修できない、と言う学校は多く存在するのではないだろうか。

当時は、「そんな学校を選んだ自分が悪い」と、ヘンな納得をしていたが...

高校3年生で積極的に受けたくない世界史なども、授業が楽しければまだ救いがあるが、私の通っていた都立高校は教師陣のやる気が感じられず、全くつまらない授業であった。

どんな授業かというと、世界史の教科書を1時間音読する、だけである。黒板など一切使用しない。
さらに言うと、数学の授業でも教科書の音読しかやらないという教師もいた。

まぁ低レベル校であったので、生徒のやる気もなければ教師のやる気もない、と言う状態で、悪いスパイラルで生徒も教師も質が落ちていったと言うことだろう。

ただ、昨今海外に旅行に行くと、世界史をちゃんと知っていれば、旅行がさらにおもしろかっただろうと感じることも多い。
文化交流のためには歴史を知ることは重要であり、指導要領において必修としている意味は分かる気もするのである。

必修漏れがトリガーとなり、自殺している校長が相次いでいるとのことだが、そんな実力行使をするより、必修科目を楽しく、後生役に立つように受講できるような工夫にアタマを使って欲しい。
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by touch-go | 2006-11-06 18:23 | コラム


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